遺伝性腫瘍(家族性腫瘍)について
1. 遺伝性腫瘍(家族性腫瘍)とは - 「がんは遺伝するの?」、「どんながんが遺伝するの?」
親族にがんになるひとが多いと、よく「うちはがん家系。」という言い方をします。がんは遺伝と環境の微妙なバランスによって発生することがわかっています。環境の影響でほぼ説明できるがんがある一方、遺伝の影響がかなり大きいものも知られてきました。すべてのがんが遺伝するわけではありませんが、一部に「遺伝するがん」があることがわかってきたのです。このような遺伝するがんには、医学的な診断基準があります。
現在、遺伝するがんには、いくつかの種類があることがわかっています。
A. 一般的ながんが遺伝する場合
B. めずらしいがんが遺伝する場合
C. 遺伝病にともなってがんができる場合
このうち、AやBの場合を遺伝性腫瘍(家族性腫瘍)と呼んでいます。もっともよくみられるのは、A.比較的頻度の高い一般的ながんが遺伝する場合です。
a. 大腸癌
b. 胃癌
c. 乳癌
d. 子宮体癌
このようながんが親族の中で多数見られる場合には、遺伝性腫瘍をうたがう必要があります。
主な遺伝性腫瘍には、
a. 遺伝性乳癌卵巣癌症候群 (Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome, HBOC)
b. リンチ症候群 (Lynch Syndrome) /
非ポリポーシス遺伝性大腸癌 (Hereditary Non-Polyposis Colorectal Cancer, HNPCC)
c. 家族性大腸腺腫症 / 家族性大腸ポリポーシス (Familial Adenomatous Polyposis, FAP)
d. 多発性内分泌腫瘍症 (Multiple Endocrine Neoplasia, MEN) I型 / II型
e. リ・フラウメニ症候群 (Li-Fraumeni Syndrome, LFS)
などが挙げられます。
2. さまざまな遺伝性腫瘍とその原因 - 「なぜ遺伝するの?」
わたくしたちのからだは、約40兆個の細胞からできていますが、これらすべての細胞が同じDNAをもっています。DNAの部分部分は約2万個の細胞の部品ひとつひとつをきめる設計図になっていて、この部分を遺伝子とよんでいます。これら部品の中には、細胞増殖のアクセルになっていたり、ブレーキになっていたりするものがあり、がんはこれらの部品がこわれた結果だと考えられています。多くの場合、部品の故障は、そのひとが生きている間に、環境に由来するさまざまな刺激(化学物質、紫外線、放射線など)によって生じますが、中には遺伝によって親から受け継がれる設計図(遺伝子)のミスもあります。各部品の設計図(遺伝子)は実は、父親由来のものと母親由来のものと2コピーあります。設計図の片方にミスがないときには部品の異常が生じない場合、遺伝によってミスが受け継がれることがあります。また最近では、設計図のミスを修正する部品に故障がある場合にも、がんが遺伝することがわかってきました。
3. 遺伝性腫瘍の診断 - 「どうしたらわかるの?」
遺伝性腫瘍には医学的な診断基準があります。診断基準では、がんの種類、がんになった年齢、家系内でのがん患者の数など(注1)から判断します。医師や遺伝カウンセラーなどがこのようなことについてくわしくうかがうことでわかります。
また、遺伝するがんの中には、原因となる遺伝子がわかっているものもあります。このようながんでは、これらの遺伝子を直接検査することで、よりはっきりさせることができる場合があります。このような検査を遺伝子検査とよびます。遺伝子検査については、以下にも説明しています(6.参照)。
(注1)このような情報を家族歴といいます。
4. 遺伝性腫瘍の治療 - 「どう治療したらいいの?」
多くの遺伝性腫瘍では、生じるがんは、大腸癌、乳癌などの一般的ながんです。これらのがんそのものに対する治療は、大腸癌、乳癌などに対する一般的な治療とかわりません。しかしながら、遺伝性腫瘍では、一般的ながんの患者にくらべ若い年齢で発症したり、何度もがんが生じたりすることがあるため、がんの治療と並行して、より注意深い定期的な検査が必要になります。この定期的な検査は、遺伝性腫瘍においては、治療と同じく、あるいはそれ以上に重要な対策といえます。一部の遺伝性腫瘍では、がんが生じる可能性の高い臓器を予防的に切除する手術療法も考慮されています。
5. 遺伝性腫瘍の遺伝相談 - 「遺伝相談では何をするの?」
遺伝相談では、「遺伝性腫瘍ではないか。」という不安をおもちの方に、まずご親族の詳細な家族歴をおききし、家系図を作成します。この情報から、遺伝性腫瘍であるか否かを判断します。遺伝性腫瘍であることが強く疑われる場合、その病気について詳しい情報をご提供します。また、診断をたすけるために、遺伝子検査をおすすめすることもあります。遺伝子検査をうけられた場合には、その結果の意味についても詳しくご説明します。次に、ご本人の今後について、あらたにがんが生じるリスクや他の臓器にがんが生じるリスクを評価し、必要な検査や予防的治療について情報を提供し、適切な検査・治療計画をご提案します。さらに、ご親族の方々のリスクについても評価し(注2)、検査や治療をおすすめすることもあります。
(注2)リスク評価のために、遺伝子検査が必要になることもあります。この場合、専用カルテを作成する必要から、受診されたご本人とは別な受診者とさせていただくことがあります。
6. 遺伝子検査とは - 「遺伝子検査でなにがわかるの?」
遺伝性腫瘍の原因が、遺伝によって受け継がれた遺伝子の故障状態であることを2.で説明しました。この状態は、故障した細胞の部品の設計図である遺伝子をさらに細かく、遺伝子の情報のレベルでみることで明らかにできることがあります。遺伝子検査の多くは、この遺伝子情報を読み取る検査です。故障の原因となった遺伝子の情報のミスがみつかれば、診断を確定することができ、適切な検査等を開始することができます。また、ご親族の方々のリスクを評価する上でも有用です。しかしながら遺伝性腫瘍においては、この遺伝子情報のミスが確認できる割合は7-8割程度で、病気によっては5割程度にとどまるものもあります。遺伝子検査をおこなっても、遺伝子の情報のミスが確認できないことがよく経験されます。また、明らかなミスかどうか判断できない所見がみつかることもあります。遺伝性腫瘍であることが疑われても、遺伝子検査を受けない選択肢を選ぶこともできます。