診療方針
九州がんセンターの整形外科では手足など首から下の領域に発生した「骨・軟部腫瘍(こつなんぶしゅよう)」の診療を行っています。「骨・軟部腫瘍」とは、骨や筋肉・脂肪・血管・神経などの軟部組織に発生した腫瘍で、良性から悪性まで100種類以上の腫瘍を含みます。
悪性の骨・軟部腫瘍のほとんどは「肉腫(にくしゅ)」と呼ばれる特殊ながんです。患者さんの数が少ないまれながん(希少がん)であるため専門の医師や施設が少なく、診断や治療が難しいと言われています。適切な診断と治療には整形外科医だけでなく病理診断科・放射線科・腫瘍内科・泌尿器科・外科・形成外科などとのチーム医療が必須です。当科では院内の連携だけでなく、大学病院・重粒子センターなど他の専門施設との連携、共同研究を通じて最適な治療ができるよう心がけています。
一方で良性の骨・軟部腫瘍がみつかる患者さんは多く、当科では良性腫瘍の診療・手術も数多く行っています。悪性との区別はどうつけるのか、手術が必要なのか、しなかった場合どうなるのか、などをご説明しながら治療方針を決めていきます。
当科では当院を受診されるがん患者さんの運動器疾患の診療も行っています。特に転移性骨腫瘍(骨転移)や骨粗鬆症による骨折など、がん患者さんの身体活動が制限されるような状態(がんロコモ)は、生活の質を落とすだけでなくがんの治療のさまたげとなります。毎週開催している骨転移・肉腫キャンサーボードなどで院内の各部署と連携しがんの治療が円滑に継続できるようサポートしていきます。骨転移による脊髄麻痺で手術が必要となった場合は手術可能な施設と連携をとって治療を行います。
診療内容
- 悪性骨腫瘍・悪性軟部腫瘍
- 中間悪性骨腫瘍・中間悪性軟部腫瘍
- 良性骨腫瘍・良性軟部腫瘍
- 転移性骨腫瘍
- がんロコモ(骨粗鬆症など)
1.悪性骨腫瘍・悪性軟部腫瘍
1-1.診断
悪性骨腫瘍の中で代表的なものに骨肉腫、軟骨肉腫、ユーイング肉腫などがあります。これらは病気によって発症しやすい年齢が異なります。悪性軟部腫瘍では脂肪肉腫、未分化多形肉腫、平滑筋肉腫、滑膜肉腫などが比較的多くみられます。MRIなどの画像検査で特徴的な所見を示すものもありますが、診断のためにはほぼ全例で腫瘍の一部を採取し病理組織検査を行う組織診断が必要になります。
組織の採取(生検)には腫瘍に針を刺して組織を採取する針生検と、皮膚を数センチほど切開して行う切開生検があります。針生検は患者さんの負担が少ないことが特徴ですが、採取する組織が小さいため診断が十分につかないことがあります。ほとんどの場合は外来で行うことが可能ですが、わかりにくい場所の場合は入院し放射線科でCTガイド下針生検を行うこともあります。切開生検は入院のうえ手術室で行います。針生検よりも大きな腫瘍組織を取ることが可能となります。
採取した腫瘍組織に対して病理組織検査を行います。この検査では顕微鏡で細胞の形や配列をみますが、必要に応じてタンパク質の発現や遺伝子の解析を行います。骨・軟部腫瘍の組織型は100種類以上におよび、通常のがんと比べて診断が非常に難しいため正しい治療にたどりつきにくいことが知られています。当院では経験豊富な病理医によって診断を行っていますが、それに加えて世界で有数の実績を持つ九州大学病院の病理学教室と連携しより正確な診断を目指しています。
1-2.手術
悪性骨軟部腫瘍の治療は切除が基本です。抗がん剤や放射線治療のみで根治可能な腫瘍がほとんどないからです。手術の時には再発を防ぐため腫瘍を健常な組織で包むように広く切除する必要があります(広範切除)。古くには四肢にできた悪性骨・軟部腫瘍に対し切断術を行うことも多かったのですが、最近では多くの患者さんで広範切除を行いつつも切断せずに手足が残せるようになってきています(患肢温存手術)。これには適切な切除範囲が確立されてきたこと、手術の前後に行う化学療法や放射線療法を組み合わせることで治療成績が上がっていること、切除後の欠損に対する再建術が進歩してきたことなどが寄与しています。
欠損に対する再建術には様々な方法があります。骨切除後には、人工関節、自家骨(他の部位から骨を移植する)、処理骨(切除した骨を処理して腫瘍を死滅させて欠損部に戻す)、人工骨などにより再建します。成長期に発生した大腿骨腫瘍の切除時には、その後の成長に対して延長可能なカスタムメイドの人工関節を用いて再建することもあります。再建の中でも、別の部位から皮膚を移植したり(植皮)、血管を付けたまま皮膚や筋肉や骨を移植したり(皮弁)する場合は形成外科とチームを組んで行います。
骨・軟部腫瘍の手術は患者さん一人ひとりで異なります。腫瘍の存在する場所、腫瘍の広がり、腫瘍の種類などで適切な切除範囲が異なるからです。また、患者さんの職業など生活背景によりどのような機能を優先して残すかということも考慮して再建方法も個別に決定しています。このように手術前には十分な画像診断と綿密な手術計画が重要となります。当院では胸壁や骨盤に悪性骨・軟部腫瘍が発生した場合には整形外科医だけでなく、呼吸器外科、泌尿器科、消化器外科・婦人科などと充分に協議し時によっては合同で手術を行うこともあります。手術前から心理的ケアやリハビリの先生による評価など多職種の連携を行い、よりよい術後の生活を目指しています。
1-3.化学療法
骨・軟部腫瘍の治療では抗がん剤を用いた化学療法を行うこともあります。化学療法を行う場面は大きく分けて二つあり、一つ目は手術前後に根治性を高める目的として行うもの、二つ目は進行期の腫瘍に対して腫瘍の増大をなるべく抑えるために行うものです。
根治目的で行う手術前後の化学療法は、抗がん剤が効きやすい、かつ抗がん剤治療を行わなかった場合に再発リスクが高いとされている腫瘍に対して行います。手術で切除できた腫瘍が後に転移を起こすことがありますが、これはいろいろな検査を行っても発見できない小さな転移(微小転移)が手術の時にすでにあると考えられます。このような微小転移を治療するため術前や術後に抗がん剤の全身投与を行います(補助的化学療法)。骨肉腫(MAP療法)、ユーイング肉腫(VDC-IE療法)、深部発生・5cm以上の高悪性度軟部肉腫(AI療法)などが代表例です。
転移巣があるなど手術ができない進行期に、症状を抑えるために化学療法を行うことがあります(緩和的化学療法)。上記にあげた薬剤の他にパゾパニブ、トラベクテジン、エリブリンといった新しい薬が使用できるようになってきました。その他に効果が期待できる薬剤を探索するため、腫瘍組織の遺伝子検査についても保険の範囲内で可能なものがあれば積極的にご案内しています。
化学療法はつらい治療と思われがちですが、副作用を軽減する薬剤も進歩しており小児からやや高齢の方まで広く行うことができるようになっています。当院では薬剤師・看護師などの協力のもと、患者さんの副作用や不安をできるだけ取り除くように治療を進めています。
1-4.放射線治療
ほとんどの骨・軟部腫瘍は放射線感受性が低く、通常のX線による放射線治療のみでの根治は期待できません。しかし、切除範囲の縮小や再発率の低下などの効果に期待して手術の補助療法として放射線治療を行うことがあります。また、全身状態が悪く手術ができない場合や切除困難な部位に腫瘍が存在する場合にも、放射線治療を行うことがあります。腫瘍に対する治療だけでなく、腫瘍による疼痛や麻痺等の症状を緩和する目的でも放射線治療を行います。治療は放射線治療科で行いますが、当院では放射線治療科と毎週カンファレンスを行っており、効果と副作用を考えながら治療の適否と照射範囲を決定しています。
新しい放射線治療である重粒子線治療が悪性骨・軟部腫瘍の一部に対して保険診療として施行可能となっています。手術困難かつ一か所のみの病変、など保険適応となる条件が限定されている、治療できる施設が限られている、などのハードルがあります。当院では佐賀県鳥栖市の九州国際重粒子線がん治療センターに患者さんを紹介しています。重粒子線治療の定期的な検討班会議にも参加しています。
2.中間悪性骨腫瘍・中間悪性軟部腫瘍
良性と悪性の中間の性質を持つ腫瘍があり、中間悪性腫瘍と定義されています。命に影響を及ぼす可能性は低い一方で、再発率が高い、あるいは稀に転移する、といった特徴を持っています。抗がん剤治療や放射線治療を行うことは少なく手術での治療を行いますが、良性腫瘍と同様に腫瘍の部分だけを切除するか、悪性腫瘍のように広範切除を行うか、というのは腫瘍の種類や発生部位によって異なります。例えば比較的頻度の高い「異型脂肪腫様腫瘍」は良性の「脂肪腫」と同様に辺縁切除を行うことが多いですが、「孤発性線維性腫瘍」や「隆起性皮膚線維肉腫」といった腫瘍に対しては広範切除を行うのが一般的です。
中間悪性腫瘍には特殊なものがあり、いくつか例示します。「骨巨細胞腫」は代表的な中間悪性骨腫瘍です。通常は自分の骨を残して内部をかきだす(掻把:そうは)手術を行いますが、再発しやすく、また稀に肺転移を起こします。近年デノスマブという骨粗鬆症や骨転移に用いられる薬剤に骨巨細胞腫の進行を止める効果があることがわかり保険も適用されるようになりました。薬だけでは腫瘍細胞を除去することはできないため主に手術ができない腫瘍に使用しますが、薬と手術を併用するなどの工夫もしています。
「デスモイド腫瘍」は強い浸潤傾向を示す中間悪性軟部腫瘍です。広範切除を行ってもしばしば再発しますが、時間の経過とともに縮小に転じることがあります。最新のガイドラインでは基本的に手術を行わずに経過観察することが推奨されています。周囲の組織に浸潤することで支障をきたす場合には病変内切除や放射線治療、抗がん剤治療などを行うこともあります。
「リン酸尿性間葉系腫瘍」は腫瘍から産生されるホルモンにより低リン血症と骨軟化症をきたす腫瘍です。骨折を繰り返してこの病気が判明する場合が多いです。腫瘍が小さくて場所がわかりにくいことも多く専用の核種を用いたPET検査や静脈サンプリングなどの特殊な検査が必要になることもあり近隣の専門施設と連携して検査を行います。腫瘍の切除で骨軟化症は改善しますが、切除不能な場合にもこのホルモンを抑える新しい薬剤が使用できるようになっています。
3.良性骨腫瘍・良性軟部腫瘍
一般に良性の骨・軟部腫瘍はゆっくりと増大し生命に影響を及ぼすことはありません。当科では良性腫瘍の手術も行っていますが、手術に至る理由としては痛みや麻痺、見た目、骨折予防などがあります。また、組織診断のために治療を兼ねて切除することもあります。
良性腫瘍で特に問題になるのは悪性腫瘍との見分けが付きにくい場合です。骨・軟部腫瘍には100以上の種類があり、画像だけでは診断がつかないことも多くあります。年齢、部位、経過なども考慮して良性か悪性かをある程度推測できますが確実ではありません。悩ましい場合には、定期的な画像検査で増大速度を把握したり生検を行ったりします。生検には針生検、切開生検、切除生検があります。順に患者さんの負担は増えますが、診断の確実性は上昇します。
良性骨腫瘍では、正常の骨が腫瘍に押されて弱くなり骨折することがあります。痛みはその前兆であることが多く、なるべく骨折する前に手術を行います。手術は自分の骨の形を残して腫瘍だけをかきだす掻爬(そうは)を行うことが一般的です。掻把した後の欠損に対しては主に人工骨の移植を行っていますが、骨が弱くなっている場合には金属で補強することもあります。「非骨化性線維腫」や「線維性骨異形成」のように自然と腫瘍が硬化し治療不要となるような腫瘍もあり経過観察も時には重要です。「類骨骨腫」はプロスタグランジンという物質を産生して痛みや炎症をひき起こす特殊な良性腫瘍で、手術により痛みが軽快します。
良性軟部腫瘍の代表例は「脂肪腫」で、よく見られる腫瘍です。無症状のことがほとんどですが、見た目が気になるなどの患者さんの希望で切除を行うことがあり、腫瘍のみを切除する「辺縁切除」を行います。良性・悪性に限らず一般的に軟部腫瘍は痛みを生じることはありませんが、神経に発生した腫瘍や血管系腫瘍は痛みの原因になることがあります。このような場合には痛みの改善を期待して手術を行います。
4.転移性骨腫瘍
高齢化や脳・心血管疾患の死亡率低下などによりがん患者さんの数は増加しています。また治療の進歩により進行期となった後も長く存命される患者さんも増えています。それに伴い、がんの転移性骨腫瘍(骨転移)が見つかることが多くなってきています。骨転移は、痛みや骨折、麻痺などを引き起こし、日常生活の質を大きく低下させるだけでなくがんの治療継続を困難にすることもあります。骨転移の場合は原発腫瘍の専門科(例えば前立腺がんは泌尿器科)による治療と併行して、骨転移に対する手術療法、薬物療法、放射線治療を組み合わせた治療法を検討します。当院では多職種が参加する骨転移キャンサーボードを毎週開催し、個々の患者さんに最適な治療の組み合わせを検討しています。
骨転移に対する手術は、骨折の予防、骨折の治療、骨転移の切除などを目的として整形外科で行っています。特に大腿骨は骨転移により骨折しやすく予防的な手術が有効です。脊髄麻痺がおこった場合に脊椎手術が必要になることがあり、この場合は近隣の脊椎専門医により手術を行ってもらいます。麻痺予防や疼痛緩和のための脊椎固定術については当院でも可能な体制を整えています。
薬物治療では、がん細胞そのものに対する治療の他に、骨を強くして骨転移の進行を抑える薬(骨修飾薬)を使用することができます。ほとんどの場合で抗がん剤と骨修飾薬は同時に治療を進めることが可能です。骨修飾薬の副作用として顎骨壊死という病気が知られており、これを軽減するため歯科と連携して治療を行っています。
放射線治療は骨転移の部位の腫瘍細胞を抑えるだけでなく疼痛緩和にも非常に有効で、骨転移治療の中でも重要な治療です。放射線治療科の先生方には骨転移キャンサーボードのコアメンバーとなってもらっており密に連携しています。
また、近年ラジオ波焼灼術の適応が拡大され、特に転移性骨腫瘍の疼痛緩和における有用性が期待されます。当院でも施行可能な体制を整え、主に画像診断科と連携してCTガイド下に行っております。
これらの治療の他に、脊椎転移に対するコルセットなどの装具療法やリハビリテーションにも整形外科が関わり、患者さんの疼痛緩和、生活の質の維持、その結果としてがん治療がうまくいくようにサポートしています。
5.がんロコモ(骨粗鬆症など)
「がんロコモ」とは「がん」と「ロコモティブシンドローム」という造語を組み合わせた概念で、「がん患者さんの運動器疾患による移動能力の低下」のことです。がんロコモの代表的なものは上で述べた骨転移です。痛み、骨折、麻痺などの運動器(骨・筋肉・神経など)の障害により、患者さんの生活の質が低下したり通院治療が困難になったりします。寝たきりになってしまうと肺炎などのリスクが上昇し、基本的に抗がん剤治療はできなくなります。
当科では骨転移の他に骨粗鬆症の予防と治療に力を入れています。がん患者さんは外出の減少、活動性の低下、栄養状態の悪化など骨がもろくなりやすい状況にあります。また、抗がん剤の副作用対策として重要な薬であるステロイドも骨粗鬆症の原因となるため、特に治療が長くなると年齢が若くても骨折してしまう患者さんが多くいらっしゃいます。当院にはDEXA(二重エネルギーX線吸収測定法)で正確に骨密度測定が可能な機器を備えており、主治医や老年腫瘍科と連携しなるべく早期に骨粗鬆症のリスクのある患者さんを見つけて治療を開始できるような体制づくりに取り組んでいます。骨粗鬆症の治療ではビタミンの補充の他に骨転移と同様に骨を強くする薬を使いますが、骨転移より少ない量の投与を行います。
骨粗鬆症などの整形外科疾患はかかりつけなどお近くの整形外科医で治療を継続することも可能で、患者さんの状態や希望に応じて地域医療連携をすすめています。
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※初診時は絶食不要です。来院後は基本的に水分(水やお茶)のみ摂取可としていますが、食事をとりたい場合には必ずスタッフに確認をお願いいたします。