診療方針
がんセンターの臓器別専門制のひとつとして、女性生殖器の疾患、特に悪性疾患を取り扱う部門として運営されている診療科です。スタッフも産婦人科認定医のうち、特に腫瘍を専門とする医師により構成されています。日本婦人科腫瘍学会専門医制度により婦人科腫瘍専門医と認定されている医師は3名で、当センターも日本婦人科腫瘍学会指定修練施設として認定されています。婦人科医師は有吉和也(九大医卒)、島本久美(宮崎大医)をはじめとする常勤医7名、非常勤医2名によるチームで診療に携わっています。
当がんセンターの基本理念に沿って、患者さん・ご家族の気持ちを大事にして診療を行うことを第一の基本方針としています。患者さん・ご家族の満足度を充足するために必要なものを、常に準備し、かつ提供できることがプロとしての医療者であると考えています。提供する診療内容については、世界における最高水準の診断、治療を常に心がけており、個々のスタッフはそのための自己研鑽を行っています。
婦人科悪性腫瘍を取り扱うためには、治療を選択する前に、発生部位、組織学的特徴、拡がり等に対する的確な診断を行うことが必要です。当婦人科はその基本を厳密に守ることをモットーとして、日常の診療を行っています。診断に対応する治療は画一でなく、複数の標準的治療から前駆的な治療まで考慮し、治療の選択に幅を持たせています。また、癌の拡がり等に応じて、従来の治療を改善していくことも試みています。一般的にがんの治療は大がかりで患者さんの負担大なることが多いのですが、例えば、腹腔鏡手術のように、縮小できるところはできるだけ患者さんの負担にならないように縮小しています。生活の質(QOL)を考慮した縮小・個別化した治療を行う様にし、逆に進行癌に対しては、予後改善のための手術、放射線治療、抗がん剤治療を組み合わせた集学的治療を工夫して行っています。
当科のスタッフは一人一人が、腫瘍専門医としてがん患者の全てに対して対応ができることを目標としていますが、診療は個人単独ではなく、チーム医療を原則としています。特に、難治性症例の管理、病理組織学的検討、合併症に対する管理、等に関しては、個人の対応ではなく、病棟カンファレンス、症例カンファレンス、放射線カンファレンス、病理カンファレンス、手術カンファレンスを通じて、婦人科医師スタッフ、看護スタッフ、放射線治療スタッフ、病理診断スタッフ、麻酔スタッフと協力することにより、より質の高い医療の提供を行うことを心がけているのです。
診療内容
子宮 |
子宮頸癌、子宮体癌、子宮肉腫、絨毛癌、胞状奇胎、子宮頸部上皮内腫瘍(異形成、上皮内癌)、子宮内膜増殖症、子宮筋腫、子宮腺筋症 |
付属器 |
卵巣癌(悪性、境界悪性、転移性)、卵管癌、卵巣腫瘍(良性)、子宮内膜症 |
外陰 |
外陰癌、外陰パジェット病、外陰上皮内腫瘍 |
腟 |
腟癌、腟上皮内腫瘍 |
その他 |
腹膜癌、手術の必要な子宮位置異常や瘻孔(子宮脱、膀胱腟瘻、直腸腟瘻) |
子宮頸がん
大多数を占める扁平上皮癌には、手術と放射線療法があり、どちらも同程度の治療効果を持っています。癌の進行の程度や患者さんのその他の状態により治療方法を選択することが原則です。一般的にI、II期には手術、放射線治療のいずれかが主治療として選択され、III、IV期では放射線治療と抗がん剤治療の併用が行われます。最終的には患者さんの御希望も踏まえて、治療方法が決められます。
手術療法:手術としては初期癌の場合は、できるだけ合併症が少なく、患者さんの負担の少ない縮小した手術治療が選択される様にしています。但し、初期癌かどうかをはっきりさせるために種々の検査が必要で、場合により、子宮頸部円錐切除術という検査のための手術が必要なこともあります。初期癌を越えた早期子宮頸癌に対する手術としては、広汎子宮全摘出術というリンパ節も一緒に摘出する大きな手術が標準的な手術となります。この場合は、後で述べる種々の後遺症がおこることがあります。最近では可能な場合はできるだけ縮小した後遺症の少ない広汎子宮全摘出術が選択されます。
放射線治療:放射線治療は外部から放射線を照射する外部照射と子宮内に線源を挿入する腔内照射の2方法を併用して行います。腔内照射を厳密に行うことが治療の鍵です。これらの治療は放射線治療の専門医が精密な放射線治療機器を用いて行うことになります。最近、放射線療法に比較的少量の抗癌剤を併用すると治療効果が増すことがわかり、放射線療法には抗癌剤を併用することが標準治療となっています。少数の腺癌は、放射線療法の効果がやや落ちるため、主に手術を選択します。場合によっては、主な治療の前後に抗癌剤を使用することもあります。
治療の合併症・後遺症:治療に際しては、子宮頸癌が膀胱・直腸・尿管といった臓器のそばに発生することと、かなり大掛かりな治療が必要なため、いずれの治療も様々な合併症(治療に伴う不都合)や後遺症がおこることがあります。しかし、できるだけそのような不都合が起こらない様に、また起こっても軽度にとどまるような工夫が積み重ねられています。主な合併症、後遺症を簡単に下記に示しています。
<手術の合併症・後遺症>
- 神経因性膀胱:排尿障害(尿意がない、排尿できない、尿漏れ、尿や便が出にくくなる。
- 排便障害:便秘になりますが、通常はお薬で調整できる様になります。
- リンパ浮腫:リンパ節郭清を行うため下肢、外陰、下腹部のリンパの流れが悪くなり、むくみがおこってきます。弾性ストッキング、マッサージ等でできるだけ予防します。
- 手術時の合併症:開腹手術に伴う出血、腸閉塞、感染、等の合併症。
<放射線療法の合併症・後遺症>
- 放射線宿酔、下痢:治療中に起こる合併症で、気分不良、食欲不振、嘔心嘔吐、および下痢症状があります。
- 放射線腸炎・膀胱炎:治療後、数ヶ月、数年経過してから起こってくる腸、膀胱粘膜の障害で、血尿や血便がおこります。さらに高度な場合は腸閉塞や腸・膀胱が穿孔することがあります(膀胱腟瘻、直腸腟瘻)。
<化学療法(抗癌剤治療)の合併症>
- 脱毛、骨髄抑制(白血球減少、赤血球減少=貧血、血小板減少)、嘔気・嘔吐、等。
子宮体がん
子宮体癌は子宮体部(子宮の奥の方)の内側を覆う粘膜(子宮内膜)にできる癌です。子宮内膜癌とも言います。癌は主に子宮体部の 筋肉の層(筋層)に入り込んだり、卵巣や子宮周辺の血管に沿って存在するリンパ管・リンパ節を通って広がります。この他に子宮体部の筋肉や支持組織から発生する悪性腫瘍に子宮肉腫があり、これらを含めて子宮体がんと呼んでいます。
手術療法:子宮体がんの治療の原則は手術です。子宮と両側卵巣、卵管、リンパ節を摘出するのが基本の術式です。従来は開腹手術により全ての手術が行われていましたが、近年では早期の子宮体癌に対しては腹腔鏡手術が行われ、より低侵襲の手術を行うことが試みられています。また、全ての方にリンパ節郭清が必要かどうかは十分に分かっておらず、我々は手術中の摘出子宮の癌の肉眼所見や術中迅速病理診断により、リンパ節の全郭清が必要でない場合には、郭清を省略するか縮小したリンパ節生検に止めて、術後のリンパ浮腫を減らす努力も行っています。最終的に摘出したものはすべて病理検査(顕微鏡で調べる検査)を行い、癌のひろがりを調べます。その結果、癌がまだ残っている場合や見えるものが残ってなくても再発の可能性が高い場合には、追加治療として、放射線療法や抗癌剤治療を行います。
手術の合併症や後遺症は子宮頚がんの手術と同様ですが、広汎子宮全摘出術に比し、その程度や頻度は少ないです。
卵巣がん
卵巣は子宮のすぐ横に左右ふたつある、そらまめ程の大きさの臓器です。腹腔(お腹の空洞)の底にあり、 腸管(小腸、大腸)と同じ空間にあります。この卵巣から発生する腫瘍が卵巣腫瘍ですが、良性腫瘍や悪性腫瘍(卵巣癌)、そしてその中間の性質を持つ境界悪性と言われる腫瘍まで、非常に多くの種類の腫瘍があります。
手術療法:治療は手術療法が基本です。 良性腫瘍であれば、腫れた腫瘍だけを切除したり、腫れた卵巣を摘出したりするだけで、治療は終了します。術後約2週間程度の入院を要します。術後も一回検診をするだけで終了です。手術する前の画像検査や血液検査の結果から良性の可能性が極めて高い場合は、開腹しないで腹腔鏡手術が行われます。
良性悪性のはっきりしない腫瘍(境界悪性腫瘍)や悪性腫瘍(卵巣癌)の場合、子宮、両側の卵巣と卵管、リンパ節、大網(お腹の表面を覆う脂肪の網)や虫垂(いわゆる盲腸)を取る手術が標準の手術方法です。
卵巣癌などの悪性腫瘍の場合は、術後に追加の治療(主に抗癌剤の治療)を行うことが標準治療となっています。そのため、入院して治療を行う期間も長くなります。卵巣がんは腹腔内に発生するため、症状が出てきて発見される場合には進行して腹腔内に拡がったIII、IV期が非常に多いです。このような状態での手術は極めて困難ですが、できるだけ手術でがんの量を少なくして、後の抗がん剤の治療を助けることが重要と考えられています。一般に卵巣癌は抗癌剤が効きやすい種類の腫瘍であり、抗がん剤の種類も近年増加したことから手術と抗癌剤の治療の両者を行う事で治療成績は向上しています。
外陰がん
外陰部にできる癌のことで、その70%は大陰唇や小陰唇から発生します。婦人科癌のなかでも比較的まれな癌で、高齢の方に多く、70歳以上の患者さんが半数をしめます。あまり症状があらわれないのですが、外陰部に腫瘤を認めたり、かゆみがあったり、排尿時にしみる感じがするなどの症状が認められます。
手術療法:外陰癌の治療は、手術療法が基本ですが、放射線治療がよいこともあります。手術については年令、進行度、組織型などを考慮して決めますが、高齢の患者さんでもなるべく手術で切除していきます。手術方法は外陰部分切除(腫瘍周囲を摘出する、比較的小さい手術)、広汎外陰摘出術(大きく外陰部を摘出する手術)と鼠径部リンパ節郭清(転移をしそうなリンパ節をとる手術)を使い分けます。外陰部の皮膚の欠損が大きい場合は筋皮弁の様な形成外科的に皮膚の再建術を行うこともあります。外陰部の手術では、他の手術の時に起こりうる合併症の他に、創の部分が細菌にさらされやすいためにおこる創感染やそのための創離開の頻度が高いです。リンパ節の転移が認められる場合には、手術後に放射線治療が必要となることがあります。周囲に広がった癌については、放射線治療や抗癌剤治療を主体とした治療を行うことが多いです。
卵管がん、腹膜がん
卵管に発生する癌は卵巣癌とほぼ同様の拡がりや性質を持っているため、卵巣がんと同様の手術と抗がん剤による治療を行います。一般に進行した場合は卵巣がんとの区別ができなくなるため、卵管がんと診断されるものは比較的早期の卵管に限局したものに限られるため、その数は統計上は少ないです。
腹膜がんは卵巣、卵管には異常がないのに腹腔内に卵巣がんと同様の癌が拡がっている場合に診断される癌です。腹腔の壁や腸や子宮、膀胱の表面を被っている腹膜という膜から発生する癌です。実は卵巣も腹膜に被われており、腹膜がんの一部とも言えます。一般的に卵巣がんや卵管がんよりも進行していることが多く、手術や治療も困難ですが、腹水や胸水が溜まっていても抗がん剤が効く場合には手術と抗がん剤の治療を組み合わせることで劇的にその進行が抑えられます。
腟がん
腟にできる癌で子宮頸部や外陰に病巣が含まれないものが腟がんとして分類されます。そのため、婦人科癌のなかでも比較的まれな癌です。
放射線治療:腟の腹側には膀胱が、背側には直腸がすぐに接しているため、手術を行うためにはこれらの臓器を摘出しなければならなく、一般には放射線治療が選択されることが多いです。放射線治療は外部照射と腟内から直接照射する腔内照射或いは組織内照射が併用されます。子宮頸がんと同様に抗がん剤治療を併用した同時化学放射線治療が行われることが一般的になりつつあります。
手術療法:子宮に近い腟の頭側に発生した腟がんに対しては、子宮頸がんに対する広汎子宮全摘出術を腟に延長して腟がんを摘出する広汎子宮全摘出術+上部腟摘出術が行われることもあります。
絨毛がん
絨毛は妊娠した際に胎児の付属器官として母体との栄養やガスの交換を行う胎盤の顕微鏡的基本構造です。この絨毛を構成している細胞から発生する癌が絨毛癌です。胎児の付属器官であるため、母体ではなく胎児の遺伝形質(すなわち父親と母親両者の遺伝情報)を有する人体に発生する極めて異例な癌腫です。この癌は血液の中を流れて転移する血行性転移が極めて盛んな癌で有名でもあります。まれに卵巣の胚から発生することがありますが、通常は妊娠した経験のある方の胞状奇胎や流産、正常妊娠の絨毛が発生起源となり、数ヶ月、数年といたある程度の期間をおいて発生してきます。子宮以外の腟、骨盤内、肺などに発生することもまれではありません。
治療は婦人科の他の癌と異なり、抗がん剤治療が主体で、しかも抗がん剤治療のみで治癒が可能な癌です。3剤或いは5剤を併用した特殊な抗がん剤治療が数ヶ月に渡って行われます。hCGという特異的な腫瘍マーカーを利用してその効果を確認しながら治療を行っていきます。肺転移があってもその9割は抗がん剤治療のみで完治します。抗がん剤に抵抗性の場合、子宮や肺などの切除を行う手術療法が選択されることもあります。
この癌は近年減少を続けており、極めてまれな癌となっていますが、診断がつかずに放置すると致命的になるため早期に診断することが重要です。
レジデント・フェロー募集案内
九州がんセンター婦人科は「婦人科腫瘍医」を目指している元気なレジデント(卒後4-5年目 産婦人科専門医取得後)、フェロー(卒後6年目以降)を募集しています。研修期間は原則3年で、日本婦人科腫瘍学会専門医制度の専門医が取得できることを目標にしています。或いは当院での診療経験を望まれる医師の1年または2年の短期の研修も可能です。
当科では、
- 全ての婦人科腫瘍患者の管理ができること
- 必要な手術を初めとする治療が安全に確実に行えること
- エビデンスをもとにした標準治療ができること、さらに新規の開発治療を取り入れること
の3つを柱とし、質の高い医療を行っています。
年間、約150例の初回治療の浸潤癌症例を扱っており、さらに当科や他院で治療した再発癌症例に対しても下記の治療を適切に行うことをチームで考えながら、これを行っています。また、数多くの臨床試験に参画し、新たな治療についても早くからこれを経験できる様に考えています。当院での「婦人科腫瘍医」取得のための修練の概要は、1年目に当院の診療に慣れて頂くことも含めて、種々の婦人科悪性腫瘍の患者さんを受け持ってこれを管理し、手術は癌の手術の助手と良性腫瘍の執刀、2年目に子宮頸癌以外の癌の手術を執刀、3年目に広汎子宮全摘術の執刀、というスケジュールで、3年をすぎれば全ての婦人科悪性腫瘍の治療を自立して行うことができる様にしています。
診療内容
【手術】
我々のの最も専門としている分野です。当科では、日本婦人科腫瘍学会認定の婦人科腫瘍専門医4名を有し、週2日の手術行っています。子宮頸癌、体癌、卵巣・卵管・腹膜癌、再発癌、CIN、その他の婦人科腫瘍の手術等、多くの症例の手術を行っております。通常の婦人科臓器の手術だけでなく、尿路系、消化管系の手術も独自或いは泌尿器科、消化器外科の協力のもとにこれを行っています。
【鏡視下手術】
子宮体癌、良性卵巣腫瘍、良性子宮腫瘍に対しての腹腔鏡下の手術を行っております。開腹手術の修練をもとに安全な鏡視下手術ができることを第一に考えてこれを施行しています。
【放射線治療】
とくに子宮頸癌において重要な治療です。最先端の治療機器を有した放射線治療専門医との協力のもとにカンファレンスで治療方針を決定し、IMRTなども取り入れながら、これを行っています。詳しくはHPの放射線治療科の診療案内を参照されて下さい。
【化学療法】
婦人科関連の化学療法は全て当科で主治医が担当し、これを行っています。初回の治療に含まれる化学療法、再発癌に対する化学療法を、これもカンファレンス等で適応を考え、適切な治療を安全に行うことを身につけてもらいます。臨床試験や治験では新規の薬剤や併用療法も適用しますので、婦人科における化学療法や分子標的治療の最先端を学ぶことができます。
【緩和ケア】
上記の治療中より、身体的・精神的苦痛に対する緩和ケアができる様に、チームで考えながらこれを行います。医師チーム、看護師を含めた病棟チーム、或いは病院の緩和ケアチームと相談しながら、担当患者のケアが適切に行えるようにしています。
3年間でこれらのことを習得するにはかなりハードな日常になりますが、“鉄は熱いうちに打て”の諺通り、若い方には無限の可能性があることを信じ、スタッフは修練の指導をしていきます。疾患の性格上、辛いことも多いですが、お楽しみもあります。患者さんと医療者、病棟全体が明るい雰囲気で診療できることを心がけています。
2016年3月から九州がんセンターは新病院での診療を開始し、新時代を築こうとしています。柔軟で元気な若い力を必要としています。これから、婦人科悪性腫瘍の治療を本格的に習得しようと考えている前向きな方、或いはがん診療専門病院での経験を望まれる方、まずはお気軽にご連絡ください。
文責 有吉 和也(婦人科医長)
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