診療方針
診療体制と基本理念
九州がんセンター頭頸科には10名の医師が在籍しています。頭頸部癌専門医制度の指導医3名、認定医3名、日本癌治療認定医機構認定医3名が在籍しています。大学病院や他のがんセンターでも、マンパワーの不足から最適な頭頸部癌医療ができないケースがありますが、当科は潤沢なスタッフによる医療が行えていると自負しております。当科では頭頸科医師全員が参加する朝のカンファレンスを毎日行っており、入院・外来患者の情報を、きめ細かく収集しています。初診時から再発時まで迅速に治療計画を立てていることが、これからご紹介する治療成績につながっていると思っています。また、頭頸部癌治療は単科で行える様ものではなく、多くの診療科やコメディカルの協力が必要になります。当院はがんセンターならではの、垣根の低いシームレスなチーム体制で、頭頸部癌治療が行えています(図1)。外来診療に関しましては、原則すべての新患を30年以上の頭頸部癌診療実績を持つ益田と檜垣が診察に当たっております。多くの症例で受診当日に治療方針や手術の日程を決定することができます。カンファや他科との連携に時間がかかる大学病院とは違い、すべての症例(特に進行癌症例)で2-3週間以内に治療が開始できるように努めています。
頭頸部癌は、人が生きるために、そして社会生活を営むために必要な、息をする、食事をとる、味わう、声を出す、しゃべる、においをかぐといった機能を司る臓器に発生します。さらに整容的には、全身でもっとも露出され、否が応でも人目に触れる部位となります(図2)。頭頸部癌治療を行う場合に、ただ癌が治ればいいと言うわけではなく、治療後のQOLをいかに保つかが最大の課題となります。集学的な治療が進んだ現在でも、頭頸部癌を完治に導く最良の治療が手術である事には変わりがありません。複雑な解剖を持つ頭頸部・顔面深部・縦隔上部の手術に関しては詳細な解剖学的知識に加えて、3次元的な機能をイメージできる能力が必要です。手術に関しては形態温存のみならず、どのようにアプローチすれば最大限の機能が温存され、最終的な傷の仕上がりもきれいになるかを、予測するセンスも必要です。あらゆる外科手術の中で、最も職人的な経験と熟練の技が求められるアートな領域であると思っています。逆に言うと、医師の経験・技術の差が出やすい領域でもあります。当科には、大学病院を含めて、喉頭が温存できないといわれた頸部食道癌の方が来られます。2012年以降、18名の患者さんに喉頭温存手術をおこない良好な成績を収めています。当科のチーム力・技術力の高さの一端を示すものと考えております。
(図2)
医療はアートであるとともにサイエンスでもあります。当科では常に最新の情報に基づく医療を提供できるように努めています。基礎研究も行っており昨年度は神戸大学との共同研究により世界最速のマウス口腔癌モデルの作成にも成功し(図3)、さらなる研究を行っています。
診療内容
喉頭咽頭癌の治療原則
生存率と機能温存を両立させるために、当科では手術と化学放射線療法の利点を最大限に生かす方法を採用しています。この20年間の間に、咽頭喉頭癌治療に臓器温存を目指した強度の強い放射線化学療法(CRT)が導入されました。70GYの放射線療法にシスプラチン(CDDP)100mg/m2を3週おきに3回(計300 mg/m2)入れる治療です。食道癌や肺がんと比較しても突出して強度が強い治療で、放射線科の医師からも、人間が耐えられる治療強度の限界に達していると指摘されるほどの治療です。当初は高い喉頭温存率が報告されていましたが、この治療を受けた4割強の方が、治療後3年以内に重篤な嚥下や呼気機能不全に陥ることがわかりました。誤嚥性肺炎などによる治療関連死のリスクも指摘されており、治療強度の適正化が求められています。当科では咽喉頭癌に対しては図4に示した様にCDDP 80mg/m2併用でCRTを40Gyおこない、50%以上の腫瘍縮小が認められればそのままCDDP 80mg/m2併用CRTを30Gy行い、腫瘍縮小が認められない場合には手術を勧める方針で治療を行っています。反応不良群には治療抵抗性の細胞が多く含まれ、そのままCRTを続けても腫瘍の残存・再発・転移が起こりやすくなるという、先行基礎研究の結果に基づいた治療法です。2016年以降、前向き研究としてこれまでに、160例にこの治療を行っています。84%の方が良好な反応を示し手術が回避できました。結果的にCDDP投与量も最大で160mg/m2と300 mg/m2の半分強ですんでいますが、患者さんにとって適度な強度の治療で世界的に見ても良好な治療成績が得られていると考えています。
口腔癌の治療原則
CRTでの根治が困難な口腔癌に関しては術後の機能に配慮した切除を行っています。切除範囲が広くなった症例に対しては、形成外科医による高レベルな機能再建術を基本原則としています。病理検査の結果ハイリスクとされた症例には術後CRTを行います。舌を大きく切除した症例には遊離皮弁による再建を行い良好な形態機能の回復が可能となっています。骨の切除が必要な歯肉癌に関しては、ご自身の足の骨(腓骨皮弁)を移植する手術を行っています。術後の形態、かみ合わせをできるだけ正確に回復するために、術前にオーダーメイド3D模型を作成し再建にあたっています。写真(図5)の様に良好な結果が得られます。
上咽頭癌の治療原則
上咽頭は、鼻のつきあたりの部位を指します。上咽頭癌は頭頸部癌のなかでも稀な疾患で、福岡県で上咽頭癌にかかる患者さんの数は、1年間で40人程度です。比較的進行するまで症状がなく、進行した状態で受診される患者さんが大半です。上咽頭の左右には耳があり、後上方に脳があり、前上方には眼があります。上咽頭癌が進行すると(1)鼻づまり(2)耳閉感・難聴(3)脳神経障害などがおこります。上咽頭癌はリンパ節に転移しやすい性質を有するため(4)頸部リンパ節腫脹を初発症状として上咽頭癌が見付かることもあります。解剖学的位置から、手術をするのが極めて困難な部位ですが、幸いないことに放射線や化学療法の感受性が高い癌であり、治療は放射線・化学療法が主体となります。
鼻副鼻腔癌の治療原則
鼻及び、副鼻腔炎で炎症を起こす骨でできた空洞に生じる癌です。眼や脳に接した領域です。鼻副鼻腔癌の頻度は減少していますが治療に際しては顔面の整容や眼の形態機能温存が大きな問題になります。当科では形態機能に最大限の配意を行った切除と再建を行い術後に放射線化学療法を行う方針としています。超進行癌に対しては重粒子線治療を選択する場合もあります。
唾液腺癌の治療原則
唾液腺には大唾液腺(耳下腺・顎下腺・舌下腺)と口の中の粘膜に分布する小唾液腺がありますが、唾液腺腫瘍のほとんどは、おたふく風邪になったときに腫脹する耳下腺(70-80%)・顎下腺(20%程度)に発生します。耳下腺腫瘍の20%程度と顎下腺腫瘍の35%程度に悪性腫瘍が認められます。他領域の頭頸部癌のほとんどが扁平上皮癌であるのに対して、唾液腺癌は通常の放射線や抗癌剤が効きにくい腺癌です。このため治療の中心は手術切除となりますが、耳下腺の中を顔面神経が走行しているため顔面神経の温存が最大の問題となります。顔面神経麻痺を認めない症例に対しては極力顔面神経を温存する手術を行います。腫瘍浸潤のため麻痺が生じている場合には顔面神経を切断しますが、可能な限り即時顔面神経移植を行います。移植が困難な症例に関しては術後一定期間後に整容を整える手術を行っています。唾液腺癌は病理学的に低悪性度・高悪性度に分類されます。低悪性度の場合はほとんどの症例が手術のみで治癒しますが、高悪性度癌の場合は局所再発や遠隔転移を来すことが多く手術後に化学放射線療法を行っています。進行高悪性度癌で転移がない症例に関しては重粒子腺のよい適応となる場合もあります。
甲状腺癌の治療原則
甲状腺は首の真ん中にあるホルモンを分泌する組織です。甲状腺悪性腫瘍の多くは乳頭癌や濾胞癌といった分化癌で、その他に低分化癌、未分化癌、髄様癌などが認められます。甲状腺癌は放射線や抗癌剤が効きにくく、そのため治療の中心は手術となります。甲状腺の内側には声帯の運動を司る反回神経が走行しているため、反回神経の温存が問題となります。反回神経麻痺を認めない症例に対しては、極力反回神経を温存する手術を行っています。腫傷の浸潤のため声帯麻痺が生じ、反回神経が温存出来ない場合には、可能な限り神経移植なども行っています。また縦隔内へ進展するような進行癌症例でも根治が望めることがあるため、積極的な手術加療を行っています。症例に応じては放射線ヨード治療が行われることがあります。髄様癌の中には遺伝性のものもあり、遺伝子相談も行っています。治療困難症例に関しては分子標的薬による治療が行われます。
再発・転移症例の治療原則
進行頭頸部癌の場合、一次治療後に一定の割合で再発・転移が起こります。4-5年前までは再発転移に対して手術切除ができない場合には、1年間生存することはとても困難な状況でした。しかしながら2017年3月に頭頸部癌で免疫チェックポイント阻害剤(ICI)が使用できるようになってから状況が一変しました。癌中核拠点病院の強みを生かして、新薬の国際治験や癌遺伝子パネル検査にも積極的に取り組んでいます。これ以上保険適応の選択肢がなくなった場合にも、可能な限り治療法を探索しています。再発に対して他院で手術ができないと言われた症例に関しても、リスクとベネフィットを十分に考慮した上で手術をお引き受けしており、完治・延命・QOLの改善を目指しています。