診療方針
胃癌、大腸癌、原発不明癌、軟部肉腫、乳癌など固形癌の進行・再発症例に対する抗がん薬治療(化学療法)を行っています。消化管・腫瘍内科医師は臨床研究センター長の江﨑泰斗を始めとする医師5名(がん薬物療法専門医4名)、老年腫瘍科医師1名(米国腫瘍内科専門医、老年医学専門医)の計6名で、チームとして診療に携わっています。
近年、新規抗がん薬の開発、投与方法の工夫、副作用に対する対症療法の進歩などにより、固形癌に対する化学療法の治療成績は向上し、生活の質(Quality of life, QOL)を重視した外来化学療法が広まっています。当科では比較的全身状態の良好な患者さんに積極的に外来通院治療を行っています。また、切除不能進行再発癌の場合、病初よりがん性疼痛などの症状を有し外来通院困難な患者さんも多くいらっしゃいます。このような患者さんに対しては入院のうえ、症状緩和および積極的な化学療法や放射線治療を行い、全身状態の改善の後外来での治療に移行しています。希望される方には繰り返し入院での抗がん薬治療も行います。その後積極的治療の効果がなくなり癌の進行が見られた場合は、ご本人、家族の希望に配慮し、当院での緩和ケアのほか在宅あるいは緩和ケア施設への適切な紹介を行っています。
ご本人の意向を尊重し、その時点で最新の知識に基づき、また病状に応じた最も効果の期待できる治療法を選択します。院内他科の医師とも緊密な連絡を取り治療方針を決定しています。
未承認薬の治験や、標準治療の確立に重要な数多くの治験、多施設共同試験に参加しています(治験推進室)。またがんゲノム医療の一環としてScrum JapanのMonstar-Screen研究に参加し、対象となる患者さんに対してがんの遺伝子やタンパクの網羅的解析を行っています。安全でより有効な薬剤、治療法をいち早く目の前の患者さんに届けたいと考え、臨床研究にも取り組んでいます。
診療内容
胃 |
切除不能・転移性の胃癌 |
大腸 |
切除不能・転移性の大腸癌 |
原発不明癌 |
原発が不明で、転移巣のみ発見された種々の癌 |
軟部肉腫 |
切除不能・転移性の平滑筋肉腫、脂肪肉腫、悪性線維性組織球腫、血管肉腫 その他の軟部発生の腫瘍 |
乳癌 |
切除不能・転移性の乳癌 |
その他の希少癌 |
神経内分泌腫瘍、GIST(消化管間質腫瘍)、小腸癌、腹膜中皮腫 その他の固形腫瘍 |
切除不能進行・再発胃癌
切除不能進行・再発胃癌に対する抗がん薬治療は、これまでの多くの研究により無治療に比較して生存期間の延長が示されており、全身状態の良好な患者さんに第一にお勧めする治療法です。胃癌治療ガイドライン(日本胃癌学会編)に基づいた標準的治療を適切に行います。胃癌はHER2(ハーツー)陽性タイプと陰性タイプに分かれ、それぞれ最適な抗がん薬治療を行います。1次治療としてHER2陰性タイプにはS-1(ティーエスワン)あるいはカペシタビン(ゼローダ)とオキサリプラチンの2剤併用療法に免疫チェックポイント阻害薬であるニボルマブ(オプジーボを併用します)。HER2陽性タイプにはカペシタビンあるいはS-1とシスプラチンやオキサリプラチン、トラスツズマブの3剤併用療法が最も効果が高いとされています。経口摂取不良や腎機能障害などのある患者さんには、FOLFOX療法(5FU、オキサリプラチン併用)という点滴薬(+ニボルマブ)で治療導入する場合もあります。
1次治療で効果の見られなくなった方には2次治療を検討します。パクリタキセル±ラムシルマブ(サイラムザ)で治療します。3次治療は免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ。一次治療で未使用の場合)あるいはイリノテカン、TAS‐102(ロンサーフ)となります。HER陽性の場合はトラスツズマブデルクステカン(エンハーツ)で治療します。
進行再発胃癌はがんの進行により、腹水の貯留、腸閉塞、痛み、肝機能障害(黄疸)、経口摂取不良などの症状を伴うことも有り、消化管外科、肝胆膵内科、緩和ケアチームとも連携をとり症状の緩和をはかります。
切除不能進行・再発大腸癌
切除不能進行・再発大腸癌に対する抗がん薬治療は、これまでの多くの研究により無治療に比較して生存期間の延長が示されており、全身状態の良好な患者さんに第一にお勧めする治療法です。大腸癌治療ガイドライン(大腸癌研究会編)に基づいた標準的治療を適切に行います。1次治療としてはFOLFOX療法、FOLFIRI療法、CapeOX療法、FOLFOXIRI療法という5FU(またはカペシタビン)、オキサリプラチン、イリノテカンなどの抗がん薬を併用した治療法に、患者さんの状態に合わせ、ベバシズマブ、アービタックス、ベクティビックスという分子標的薬を組み合わせて治療します。ベバシズマブやアービタックスはRAS遺伝子変異型の患者さんには効果の見られないことがわかっており、あらかじめ遺伝子検査を行って適応のある患者さんに使用します。
強力な治療の適応にならない患者さん(強い副作用の発生を好まない方、重篤な合併症が有り多剤併用療法に忍容性がない方、多発転移のある方、無症状かつ緩徐な腫瘍進行と判断されるかたなど)に対しては、5FU+ベバシズマブなど強度を落とした治療法を選択する場合もあります。
4次、5次治療としてTAS102(ロンサーフ)±ベバシズマブ、レゴラフェニブ(スチバーガ)という抗がん薬があります。延命効果が証明されていますが重篤な副作用のリスクもあり、適切な使用を心がけています。
マイクロサテライト不安定性高度(MSI-H)/ミスマッチ修復遺伝子欠損(d-MMR)の大腸癌に対しては、免疫チェックポイント阻害薬の効果が高いことが知られており、一次治療ではペンブロリズマブ(キイトルーダ)、2次治療以降ではペンブロリズマブやニボルマブ、ニボルマブ+イピリムマブ(ヤーボイ)などで治療を行います。
大腸癌は抗がん薬治療により切除が可能なほど癌が縮小した場合、切除を行うことで一定割合の治癒が期待できる疾患です。当科では消化管外科や肝胆膵外科、呼吸器腫瘍科と連携して、抗がん薬治療後の手術の可能性についてカンファレンスで定期的に検討しています。
切除不能進行・再発乳癌
切除不能進行・再発乳癌は比較的薬物療法の効果が高い腫瘍であり、積極的に治療を行うことで延命効果が見られます。乳腺科と連携の上、乳癌診療ガイドライン(日本乳癌学会編)に基づいた標準的治療を適切に行います。
原発不明癌
原発不明癌とは、十分な検索(病歴聴取、診察、検査、組織検査など)にもかかわらず臨床的に原発巣を特定することが困難な悪性腫瘍であり、多種多様ながんを含んでいます。頻度は成人の全悪性腫瘍患者の3ー5%とされています。原発不明癌の診断で重要なことは、特定の治療に反応するサブグループを見逃さないこと、不要な検査を繰り返して治療までに必要以上の時間を費やさないことです。病歴・身体所見、検査(生検、血液検査、尿検査、便潜血、腫瘍マーカー、画像検査など)により診断します。
特定の治療を有するサブグループとその治療には以下のようなものがあります。1)癌性腹膜炎(腹水)、漿液性腺癌、女性、CA125上昇→腹膜癌として卵巣癌に準じた治療 2)腋窩リンパ節転移、腺癌、女性→乳癌に準じた治療 3)造骨性骨転移、腺癌、男性、PSA上昇→前立腺癌に準じた治療 4)頚部リンパ節転移、扁平上皮癌→頭頸部癌に準じた治療 5)鼠径リンパ節転移、扁平上皮癌→肛門、外陰部の癌に準じた治療 6)低・未分化癌、50歳未満の男性、βHCG/AFP上昇→精巣腫瘍に準じた治療 7)肝転移、腹膜病変主体、免疫染色(CK20+、CK7₋、CDX2+)→大腸癌に準じた治療
それ以外のサブグループに対しては、プラチナ製剤とタキサン系薬剤の併用、免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ)などの効果が示されています。また病理学的な検査(免疫染色)や遺伝子検査が原発巣推定に役立つことがあり、臨床像と併せて治療方針の決定を行います。
軟部肉腫
肉腫とは脂肪、筋肉、脈管、骨などから発生する非上皮性悪性腫瘍の総称です。当科では四肢以外の軟部組織に発生し切除不能な悪性軟部肉腫の抗がん薬治療を担当しています。10万人あたり2人程度しか発生しない非常にまれな腫瘍であり、骨外性ユーイング肉腫、横紋筋肉腫、GISTなど一部を除き組織型毎の治療法は確立していません。アドリアマイシン、イホスファミド、パゾパニブ(ヴォトリエント)、エリブリン(ハラヴェン)、トラベクテジン(ヨンデリス)などにより延命目的の治療を行います。
その他の希少疾患
神経内分泌腫瘍(低分化、高悪性度):小細胞肺癌に準じた治療(シスプラチンやカルボプラチンとエトポシドやイリノテカンの併用など)を行います。
神経内分泌腫瘍(高分化、低悪性度):カルチノイドに準じた治療を行います。ソマトスタチンアナログやエベロリムス(アフィニトール)、ストレプトゾシン(ザノサー)を使用することがあります。
消化管間質腫瘍GIST:1次治療イマチニブ(グリベック)、2次治療スニチニブ(スーテント)、3次治療レゴラフェニブ(スチバーガ)、4次治療ピミテスピブ(ジェセリ)などの分子標的薬に延命効果が認められます。重篤な副作用のリスクもあり、適切な使用を心がけています。
小腸癌:胃癌や大腸癌と比較してまれな腫瘍です。一次治療としてFOLFOX療法を行いますが、その後の標準治療は定まっていません。大腸癌や胃癌に準じた治療を行います。
腹膜中皮腫:中皮腫は石綿アスベスト吸入歴のある人に起こりやすい腫瘍ですが、腹膜中皮腫は胸膜中皮腫の1/4程度の頻度で見られます。切除不能の場合胸膜中皮腫と同様免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ)や抗がん薬(シスプラチンとペメトレキセートの併用)での治療を行います。
レジデント・フェロー募集案内
九州がんセンター消化管・腫瘍内科は「腫瘍内科医・がん薬物療法専門医」を目指すレジデント(卒後4,5年目)、フェロー(6,7年目)を募集しています。
当院は日本内科学会教育関連施設、日本臨床腫瘍学会認定施設です。
研修期間は原則1~4年で、内科専門医取得後の日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医を取得することを目標にしています。
近年のがん薬物療法の進歩は著しく、片手間の勉強で治療を行うことはできなくなってきました。抗がん薬を正しい対象に正しく使うことが多くの患者さんの命を救い、延命をもたらします。副作用のマネジメントをきちんと行うことによりQOLを保った治療が行えます。がん治療における腫瘍内科医の役割は非常に重要となっていますが、まだまだ日本では専門医が少ない状況です。
当科では日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医のための研修カリキュラムに基づいた研修を行っています。これには、インフォームドコンセントとがん告知、患者の一般状態、栄養状態の評価、化学療法の適応、目的についての理解、代表的な抗がん薬の使い方の習得、がん治療に伴う合併症、有害事象の評価、対処、緩和医療、コンサルテーション、回診、外来診療、各種腫瘍カンファレンスへの出席、画像診断や病理診断、その他の診断材料の検討、臨床試験・治験への参加、国内・国際学会への出席・発表、臨床文献の渉猟などが含まれます。
当科では胃癌、大腸癌を初めとした消化管腫瘍の薬物療法に加え、進行・再発乳癌、希少がんと呼ばれる軟部肉腫、GIST、神経内分泌腫瘍、甲状腺癌、原発不明癌などの薬物療法に積極的に取り組んでいます。がん薬物療法専門医取得に必要な他の主要ながん種、肺癌、血液癌などは、呼吸器腫瘍科や血液内科をローテートすることで経験を積みます。現在当科にはがん薬物療法専門医が4名在籍(1名は米国腫瘍内科専門医:老年腫瘍科)しており、そのうち2名は指導医の資格を持っています。
がん専門施設で豊富な症例を経験し、最先端の腫瘍内科学を学びましょう。興味のある方はお気軽にご連絡ください。
文責 江﨑 泰斗(臨床研究センター長 消化管・腫瘍内科部長)
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