臨床倫理とは
病院におけるすべての医療行為(検査や治療)は、患者さんの同意のもとで行われます。
できるだけ正確な情報が伝えられ、医師など医療の専門家から方針が提案された後に、患者さんが判断し、同意をいただくことが重要です。
九州がんセンターでは、病院の基本理念に、<「病む人の気持ちを」、そして「家族の気持ちを」尊重し、温かく、思いやりのある、最良のがん医療をめざす>ことを掲げ、方針決定に関しても、医学的判断はもちろんのこと、患者さんやご家族などの気持ちにも配慮することを重視しています。
医療における倫理(正しいとされる道筋)について、医療倫理の4原則と呼ばれるものがあります。4原則とは、「自律性の尊重」「善行」「無危害」「公正」のことです。私たちは、医療行為を行うにあたって、これらの原則が満たされているか、省みることが求められます。
- 自律性の尊重-患者さんの希望に沿っているかどうか
- 善行-医療行為によって、患者さんに良いことがおこるか
- 無危害-医療行為によって、患者さんに悪いことがおこらないか
- 公正-社会的にみとめられるか、著しく不公平がないか、きまった手順が踏まれているか
ただ、これらの4原則を完全に満たすことは困難です。
たとえば、血液検査を行うだけでも、体の状態を知るために血液検査は有効ですが、針を刺されれば痛い思いをします。
このことを考えると、原則はあっても、それだけで全てが自動的に決まるのではなく、ある程度の幅を持って、判断していくことが必要だということがわかっていただけると思います。
実際の医療行為の方針を決める際には、患者さんやご家族など、医療従事者などの関係者での対話を通じて、医療倫理の4原則を考慮しながら、同意できる方針を決めていくことが臨床倫理の目指すところです。
九州がんセンターにおける臨床倫理の課題への対応
関係者で対話をおこなっても、すぐに方針が決定できないことがあります。
たとえば、
- 病院から提案された方針と、患者さんやご家族などの希望が調節できない場合
- 患者さんとご家族などとの間で、考え方が違う場合
- 医療従事者内で、治療方針に考え方の差がある場合
- そもそも、患者さんの意向が不明な場合
これらの時には、何らかの調節を行い、九州がんセンターとして、それらの医療行為をおこなって良いかどうかの判断をする必要があります。
このために、九州がんセンターでは、外部有識者をメンバーとして含む「臨床倫理委員会」が設置されています。臨床倫理委員会については、ホームページ(ホームー情報公開-臨床倫理委員会)を参照してください。
臨床倫理委員会は、院内における臨床倫理の課題についての解決を担う下部組織として、「臨床倫理サポートチーム(CEST)」を位置付けています。
臨床倫理サポートチームの活動
臨床倫理の課題が持ち上がった時、まずは、直接患者さんを担当している担当医を含むスタッフ(医療チーム)内で、対応方法を検討します。関係者で話し合うだけで解決する課題が大部分ですが、解決できない場合には、臨床倫理サポートチームに依頼をいただくことになります。
サポート依頼のフローチャートについては下記に示します。
臨床倫理サポートチームへの依頼は、当院のスタッフなら誰でも可能ですが、現時点では患者さんやご家族などからの直接の依頼はお引き受けしていません。
臨床倫理サポートチームは多職種のメンバーを含んでいるため、より多角的、客観的な視点からカンファレンスに加わり、医療チームの話し合いをサポートすることで、臨床倫理の課題の解決に寄与します。解決に至る過程については、臨床倫理委員会に報告し、承認を得ることにしています。
また、解決が困難な事例や重大な事例などは臨時に臨床倫理委員会の開催を依頼することができます。
主なサポート事案は下記の通りです。
- がん治療一般(積極的治療の是非など)
- 生命維持治療(人工的な水分・栄養補給や人工呼吸器など)の差し控えや中止
- 苦痛緩和のための鎮静
- 生殖機能温存
- 告知(本人への情報提供)
- 同意能力、代理決定・事前指示
- 治療拒否
- 療養場所の選択
- 医療資源(スタッフの配置など)
- 抑制・行動制限など
意思決定支援の重要性
臨床倫理の課題の解決においては、患者さん本人の意思決定がとても重要です。
意思決定能力のある患者さんの場合には、現在の状況をできるだけ正確に理解していただき、ご自分の価値観に照らし合わせて判断していただくのが理想です。ただ、医学情報は膨大であり、病状の不安や、ご家族などとの関係性なども考えると、意思決定をしていくのは容易なことではありません。
一方的な情報提供にとどまらず、医療従事者も患者さんの価値観を理解し、意思決定できるように支援したうえで、関係者間の合意を得るように努力することが重要であることを発信しています。
また、臨床倫理サポート活動においても、
- 医療従事者から、判断に必要な情報が患者さんに適切に提供されているのか
- 患者さん自身による意思決定が可能なのか、何かの支援が必要なのか
- もしも患者さんが意思決定できない場合には、患者さんの価値観は十分に尊重されているだろうか
- ご家族などは、患者さんの意向を尊重して判断しているだろうか
のなどの点に特に注意を払って、対応してまいります。
サポート介入実績
サポート項目 |
2021年度 |
2022年度 |
がん治療一般(積極的治療の是非など) |
6件 |
1件 |
生命維持治療の差し控えや中止 |
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|
苦痛緩和のための鎮静とQOL |
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1件 |
生殖機能温存 |
|
|
告知(本人への情報提供の制限) |
|
2件 |
本人の意向を引き出す意思決定支援 |
|
1件 |
同意能力・代理決定・事前指示 |
2件 |
3件 |
治療拒否 |
|
1件 |
療養場所の選択 |
1件 |
|
医療資源の問題や限界 |
|
3件 |
抑制・行動制限など |
|
1件 |
COVID-19による長期入院とQOL |
|
1件 |
計 |
9件 |
14件 |
院内教育実績
|
テーマ |
講師 |
開催形態・開催日 |
2 0 2 1 年 度 |
「臨床倫理について」 |
岡本 正博 医師 |
オンデマンド配信 |
2 0 2 2 年 度 |
「患者家族の真の意向を引き出す意思決定支援」 |
安永 浩子 がん看護専門看護師 |
オンデマンド配信 |
チームで取り組む臨床倫理 ~よりよい意思決定支援を目指して~ |
薛 宇孝 整形外科医長 嶋本 正弥 緩和治療科医長 泊 由布子 緩和ケア認定看護師 田ノ上 美依菜 緩和ケア認定看護師 安藤 真紀 医療ソーシャルワーカー |
レソラNTT夢天神ホールにて講演 12月3日 |
「臨床倫理」
- チーム活動から見えてくるがん治療医にとっての「臨床倫理」
- 多職種で行う倫理カンファレンスの内容と在り方の検討
- 「最期まで生を希求し娘の面会を拒否する患者」の倫理カンファレンスの実際
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薛 宇孝 整形外科医長 白石 恵子 臨床心理士 安永 浩子 がん看護専門看護師 |
2023年第3回多地点合同メディカル・カンファレンスにて講演 3月23日 |
CEST活動促進チーム |
薛 宇孝 整形外科医長 |
オール九州がんセンターにて講演 3月28日 |